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○「家」と個人

 先週の後半は、長崎の壱岐で伯父の法事に参加した。玄界灘の魚を堪能した。家と田畑、そしていくつか山があるのだが、だれも住んでいないために、田畑は荒れ放題。山を確認する時間はなかったが、おそらく山も荒れていることが推測できる。家は快適に宿泊することができないため、本家の伯父の法事であるにもかかわらず、旅館に泊まった。
 親族のだれかが責任をもって「家」を継ぐべきなのだろうか。それとも、個々人にとって必要ないのであれば、財産を処分して親族で分けるべきなのだろうか。
 個人主義的に合理的に考えると、「家」が個人を拘束するべきではない。しかし、祖先が代々、住み着いてきた家がなくなっていいのか、というと、なかなか簡単には割り切れない。
 今、親族の中で壱岐の島で農業をしたい、という人はいない。次の世代のだれかが壱岐で暮らしたい、と言い出すまで、親族で共同管理をするか。それとも、壱岐の中でだれかに養子に来てもらうか。このあたりが数少ない選択肢、ということになる。
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Author:yamamotojuku
朝日新聞記者、Z会東大マスターコース講師(小論文)、伊藤塾講師(小論文)などを歴任。現在は辰已法律研究所などで小論文を教えています。

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