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◎殺人をした弟をかばうべきか

 さて、殺人をした弟を追っている捜査機関に、協力するべきか。
 安田講堂に集まったディベート参加者のうち、多数はコミュニタリアニズムを根拠に「私は捜査機関に協力しない」という趣旨の発言をした。最後にはサンデルがたまりかねて「正義はどこに言ってしまうのか」と繰り返した。普遍的正義。この言葉は、リベラリズムのキーワードであるが、参加者が「コミュニタリアン保守」に傾いたため、サンデルがリベラリズムの立場からディベートを修正せざるをえなかったのである。
 また、次のテーマ「洪水被害にあっているパキスタン人を救済するべきか」「日本人とパキスタン人、どちらを皆さんは救済するべきか」では、やはり多くの参加者がコミュニタリアニズムを根拠に、「日本人の救済が優先」と答えた。ここでもサンデルはディベートに介入し、「コミュニタリアニズムの問題点は、身びいきになってしまう、ということである」と語った。再び、サンデルによって、本来であればリベラリズムの論者が提示するべき観点が提示された。
 上記2つに私がこだわるのは、共同体、ナショナリズムが強固な土壌にコミュニタリアニズムが移植されると、保守的なナショナリズムが強化されてしまうからである。そして、そのような保守的ナショナリズムの発言に対して、850人のディベート参加者の中から、リベラリズムの立場に立った強い反論はまったく出なかった。そこで、サンデル自身が、本来はコミュニタリアンであるにもかかわらず、リベラリストとなって普遍主義の立場からディベートを修正する必要があったのである。
 以上の事実によって、「受け取る側によって、いかようにも使われてしまう」というコミュニタリアニズムの政治哲学の弱点が露呈した、といえるのではないか。
 公開授業終了後の記者会見では、記者たちはそろってサンデルを絶賛した。コミュニタリアニズムのこのようなコミュニタリアニズムの問題点についての質問は皆無だった。もっとも、NHKなど放送メディアをカバーするNHK記者クラブの社会部記者、そして東大記者クラブの社会部記者に、このような哲学の根幹に絡んだ質問を期待するのは無理なのかもしれない。文化部の論壇担当記者あたり、または論説委員クラスがもっと取材に参加するべきだったのではないか。大手マスコミは、サンデル現象を表面的に追いかけているように感じられる。
 サンデル@安田講堂。半日、という限定された時間のイベントだった割に、内容は非常に豊かで、この5時間の内容をテープ起こしするだけで新書本1冊になることは確実。用意周到で充実した公開授業だった。
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Author:yamamotojuku
朝日新聞記者、Z会東大マスターコース講師(小論文)、伊藤塾講師(小論文)などを歴任。現在は辰已法律研究所などで小論文を教えています。

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