FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

◎遺体の展示の問題点(2009年4月19日)

 六本木のルーヴル美術館展で、エジプトの少女のミイラが展示されている。
 数千年の時を経ているからいい、という考え方もある。しかし、遺体の展示は人間の尊厳を害する、と私は考える。
 20世紀の世紀末以降、遺体の展示について、様々な異議申し立てがなされてきた。ネイティヴ・アメリカンは、先祖が「標本」として博物館に展示されていることに抗議の声をあげた。日本では、ハンセン病患者たちが、子どもの標本化を問題にした。ハンセン病患者たちは、子どもができたときに、国家によって強制的に堕胎させられた。そして、堕胎された胎児たちは、「研究のための資料」として、ホルマリン漬けの標本として保存された。
 少女のミイラの展示、と聞くと、このようなことを思い出す。当時の少女や家族は、数千年の時を経て、展示されることを望んでいたのだろうか。
 そして、仮に立場を変えてみて、古代の日本の少女のミイラが存在する、として、日本の人々はそれが海外で展示されることを望むだろうか。
 多文化主義、オリエンタリズム、ポストコロニアリズムなどの論点と関連するデータである。
 近時、中国の頤和園から持ち去られた装飾品、そしてマハトマ・ガンディーの遺品のメガネがオークションにかけられた際に、それぞれ中国人、インド人が反発したことなども思い出される。
 子ども、というコンセプトでまとめようとしている「ルーヴルの子どもたち」という企画には、無理があるのではないか。
 遺体には所有権があるのか。もしあるとすれば、だれの所有なのか。古くなったから、ということで遺体を展示することは適切なのか。
 いろんなことを考えてしまう。考えすぎだろうか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

yamamotojuku

Author:yamamotojuku
朝日新聞記者、Z会東大マスターコース講師(小論文)、伊藤塾講師(小論文)などを歴任。現在は辰已法律研究所などで小論文を教えています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。