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◎社会科学学習の「量」について(2009年4月8日)

 新学期になって、社会科学の教科書が書店に溢れている。法律も例外ではない。
 刑法判例集の定番西田典之・山口厚・佐伯仁志『判例刑法総論』『判例刑法各論』(いずれも東大出版会)の第5版が出ている。版を重ねるごとに判例が増えて、各論の方を見てみると、今回はなんと600近くの判例が搭載されている。これを学部生に読め、というのだから、かなりのレベルを学部生に要求している。
 このような東大の刑法学教室の方針は、無理難題の物量を学生に強いているのだろうか。
 そうは思われない。
 社会科学は、物量の学習をやらないと話にならない。判例を総論・各論合計で1000以上、読むことによって、刑法学の、判例の論法が理解できるようになる。逆に言うと、すべての範囲において、物量の学習がないと、分かるようにならないのである。
 これは、他の社会科学分野についても当てはまる。社会科学の理論は、真実が1つ存在する、という性質のものではない。定説、というのは確かに存在するが、それは数学のように演繹的に導かれるのではなく、機能的に、過去の議論の経緯を経て定説化するのである。
 時々、受講生から次のような質問を受ける。「たくさん事例や理論を勉強すると、試験でそれを書きたくなってしまい、問いに答えられなくなるのではないでしょうか」。
 少し社会科学を経験した人は、この質問に必ず「ノー」と答える。たくさんの事例や理論を勉強して、はじめて、問いが何を聞いているのか分かるようになるし、外さない答えを考え書くことができるようになるのである。逆に言うと、広い分野について、たくさんの事例・理論を学習しないと、試験はバクチになってしまう。社会科学の試験は、その場で考えたことを書くことが求められているのではなく、学習した内容を書くことが求められているのである。
 たくさんの事例・理論を勉強すると、その内容が頭に集積して次第に発想が定着し、外さずに問いに答えることができるようになっていくのである。
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Author:yamamotojuku
朝日新聞記者、Z会東大マスターコース講師(小論文)、伊藤塾講師(小論文)などを歴任。現在は辰已法律研究所などで小論文を教えています。

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